私の認識では、近年の市場動向としてディープラーニングやニューラルネットワークによる推論処理をクラウド環境に委ねる手法が増加傾向にあると分析しています。力強く多様な処理が可能である一方でこうした外部リソースに依存する構成は、レイテンシ(遅延)の増大や帯域の消費といった非効率を生み出していると考えています。

特にIoTやロボティクス、自動運転のようにリアルタイム性が不可欠な分野では、わずかな遅延の増加でも致命的な問題になり得ます。また、クラウドにデータを送信する際のプライバシーやセキュリティ上のリスクも軽視できません。昔からあるシステムですがエッジコンピューティングを活用しリアルタイム処理と安全性を両立する超小型AIカメラシステムを検討を行いました。

代表的なJetson Orinなどの高性能シングルボードコンピュータは、AI推論において優れた性能を発揮する一方でTDP(Thermal Design Power)が大きく、消費電力も高い傾向にあるため十分な放熱機構が不可欠となります。ファンや大型ヒートシンクなどの冷却システムが必要です。装置のスペースや電源要件が拡大してしまう点が、小型化の上で大きな障壁になると判断しました。ミニPCを使う場合でも、推論性能を確保しようとするとCPU/GPUに高負荷がかかり、同様に消費電力が増加してしまい、やはりコンパクト設計との両立は困難です。小型モデルを選択すると映像分析に十分な演算リソースを確保できず、実用に耐えうる性能を得にくいという問題もあります。現在の技術的課題は、ディープラーニングや高解像度映像のリアルタイム処理能力を落とさず、かつ低発熱・低消費電力で動作するソリューションを見つけることだと認識しました。

また運用形態や適用分野、周辺機能の要件によって若干変動はありますが、常時稼働するエッジデバイスの場合、おおむね5ワット前後(最大でも10ワット程度)が低消費電力の目安といえます。これはTDPや稼働時間、小型設計とのバランスを考慮した場合に、現実的に運用できる範囲だからです。5ワット以下を一つの目安にします。

消費電力が5ワット程度であれば、小型ヒートシンクや受動放熱のみでの熱対策も比較的容易になり、バッテリー運用も実現可能です。持ち運びや設置場所の柔軟性が高まります。一方で10ワットを超える場合、アクティブクーリング(ファンなど)が必須となり、超小型化は難しくなります。さらに数ワット未満の超低消費電力に収めようとすると、演算性能が大幅に制限されてAIカメラとしての高精度なリアルタイム推論には不十分になります。なかなか難しいものです。

このように必要とする推論性能と消費電力はトレードオフの関係にあり、運用環境やアプリケーションの要求性能、さらには設計思想によって最適解は異なると考えています。とはいえ、5ワット以下を基準とするのは、熱設計のしやすさやスペース効率、それに加えてバッテリーでの駆動可能性という点で総合的に有用な指標だと認識しています。

次に、検討中のエッジAIアクセラレーション技術について述べます。Google CoralシリーズやIntel系アクセラレータ、そしてRaspberry Pi関連の製品群(たとえば、Raspberry Pi AI Camera – Sony IMX500、Raspberry Pi AI HAT+〈26TOPS版〉など)を広範に精査しました。外部アクセラレータを組み合わせる構成を取ると、例えば数ワット程度の消費電力をもつRaspberry Pi 4と外付けアクセラレータ(これも数ワット消費)を組み合わせ、さらにカメラモジュールも別途必要という構成になります。これらの構成は、従来の装置と比べれば非常に小型化されていますが、私が目指す超省スペース・超低消費電力には合致しないと判断せざるを得ませんでした。ミニPCぐらいのサイズが処理性能もありつつ汎用である意味で実用的かもしれませんが方向性がぶれますので忘れましょう。

Raspberry Pi AI HAT+(26TOPS版)のように高性能(26TOPS)のアクセラレーションボードは非常に魅力的ですが、Raspberry Pi 5専用という制約に加え、Raspberry Pi 5自体のシステムコストが高くなりがちです。そのうえTDPも増大する懸念があるため、同等の投資を行うのであればJetson系プラットフォームを選択したほうが総合的メリットが大きいと判断し不採用としました。このような紆余曲折を得て一つの結論になりました。

Raspberry Pi Zero 2 WとIMX500を組み合わせる構成は、フォームファクター(物理サイズ)、消費電力、推論性能、さらにはコストのバランスにおいて非常に優位性があると考えています。とりわけ、設置スペースや電力効率では顕著なアドバンテージを示すと思われます。センサー内部でAI処理を完結できるというSony IMX500の構造上の特色は、近年ますます強化されているプライバシー関連の法規制を考慮するアプリケーションに対して、大きな説得力を持つと推測しています。加えてセンサー内部で映像解析を実行できる方式では、システム全体の処理遅延を低減できることが大きなメリットとなります。

これらのモジュールやイメージセンサーの特性を、アプリケーションの要求に合わせて最適に組み合わせることで、必要十分な推論性能と低発熱・低消費電力の両立を図る設計指針を模索することが、エッジAIカメラ開発において重要なアプローチだと考えます。消費電力が2W程度とされるRaspberry Pi Zero 2 WとSony IMX500を中心に据えたシステム構成は、その観点で見てもきわめて有望な選択肢の一つと言って差し支えないでしょう。

カメラデバイス側だけで映像解析を完結できる設計アーキテクチャは、通信帯域の負荷低減やエンドツーエンドにおける処理速度の大幅向上、そしてリアルタイム性の確保といった多方面にメリットをもたらすと期待しています。システム全体の大幅な小型化により、物理的に設置が難しかったような狭小空間への導入も検討可能となり、消費電力削減面への貢献も見込めるはずです。数百台、数千台の導入に有望的だといえます。

スタンドアロン型AIカメラシステムの開発を進めることで、産業用途はもちろんのこと一般消費者向けアプリケーションに至るまで、幅広いシナリオでの利活用を切り拓いていく方針です。

その2につづく
https://techietechnology.co.jp/2025/03/11/make-aicamera-02/

参考資料

Jetson AGX Orin
https://www.nvidia.com/ja-jp/autonomous-machines/embedded-systems/jetson-orin/

Raspberry Pi Zero 2 W
https://www.raspberrypi.com/products/raspberry-pi-zero-2-w/

Raspberry Pi AI Camera
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/News/Press/202005/20-037/

Raspberry Pi AI HAT+
https://www.raspberrypi.com/products/ai-hat/

Google Coralシリーズ
https://coral.ai/products/

Intel Neural Compute Sticklシリーズ
https://www.intel.co.jp/content/www/jp/ja/ark/products/series/125744/intel-neural-compute-sticks.html